無言の絶叫。
2008-05-11 Sun 21:56
 
脳髄が熱い。
定めてR領域だろう。
ワニの脳。
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あらみたま、にぎみたま。
2007-01-17 Wed 23:18
 
芝居の舞台が近い。
http://fengshui.blog65.fc2.com/blog-entry-45.html
内面から込み上げるもの、外からの有形無形の指摘。
考えるところが増える。


作りたいものは何か。
表現媒体は何なのか。
自分という人間を見せるだけなら人形は要らないのではないか。
なぜ人形を作るのか。
 
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ひとつのこたえ。(つくるということ。)
2006-09-13 Wed 20:08
 
それはちょうど、自分を掻き混ぜるような行為なのだ。
他者を自分に近付ける。
自分を他者に近付ける。
どちらか、或いはその両方。

重ねては悔い、悔いては重ね。
離れ、欲し、求め、与えられ、奪い、失い、手放す。
溜まる澱、交接の残滓。
果てに我が手に残るところは限りなく少なく、身にも付けず、只管に吐き出してゆく。
精神の過食と拒食、華燭と虚飾、繰り返し、繰り返し、少しずつ、縋るように。
視線は遥かな高みの矩形の空と正円の天に向かい、例え体温の泥の中でのたうつとも。

この龍は臓腑の中、今まさに喰い破らんとうねり、唸り、吼ゆる。
喰らわせてやるものかよ。
敷き伏せて、御してくれよう。


そしてわたしは、指先から、龍を放つ。
それが、
つくるということだ。
 
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光は影の産み親。
2006-08-22 Tue 16:44
 
中村屋オムライス。

 
影のない世界は光としか認識できない。
飴屋さんの体験に拠れば、完全な闇は完全な光と区別がつかないのだとか。


昨日はお仕事済ませてから新宿中村屋でごはん→王子で観劇、と云う流れでした。
オムライスがバターもっさりでとてもとてもおいしかったです。


舞台の方は、吉田ミサイルさんのお誘いで、8人で演じる3人芝居を。
演題は、『手を離したとき目をつむっていたのか それとも最初から目はつぶれていたのか 〜ジャン・ジュネ作「女中たち」より』。
フォーメーションとしては3・(1+1)+1(+1)で8人。

見終わって暫くは消化のための時間。
一緒に観に行ったゆきのさんと抽象的で断片的な会話だかモノローグ*2だかを繰り広げた結果、何とか決着点と云うか着地点と云うかに辿り着く。
フォーメーション最後の(+1)、つまりジャン・ジュネ本人のみがあそこにいたのではなかろうか。
整理されない頭の中は概してああしたものだろう。
 
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イデオロギィとアレルギィ。
2006-08-22 Tue 16:42
 
鼻眼鏡過多。


金曜にオールでオケって来ましたよ。
まゆたんのお誘い、ドレスコードは眼鏡着用。
ない人は用意するよーとのことでしたが片眼鏡装備で現地入り。
着いたらまゆたんの用意した莫迦眼鏡がたんまりと。
眼鏡力過多です、注意!

うねうねしたりもりもり踊ったりしゃんしゃん叩いたり、ほぼ休みなく歌いまくって10時間。
暫くいいやってくらい歌いました。

嘘。
昨日も歌ってきた。
今度は朝火さんのお誘い。
ちょうどお仕事だったので、片付けてから合流して食事→桶のコース。
『人生美味礼賛』は喉が温まってからじゃないと女性声では無理なのが判明しました。

帰りに朝火さんとジュンク堂で物色。
朝火さんがこともあろうに沢渡朔さんの『少女アリス』2冊BOXを発見。
完全版アリスですね、復刻された化粧箱入りの。
何かの縁と思い購入。
人形の肥やしにしよう。
 
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